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スピノザの方法、スピノザの夢

久しぶりの更新です。

 

 

ついにこの日が来ました。

 

明日、

 

2011年1月21日、

 

俺のはじめての単著、

 

『スピノザの方法』(みすず書房)が書店にならびます。

 

思えばとても時間がかかりました。

 

書き始めたのは2001年ごろです。

 

いろいろ苦労もありました。

 

その間になんといいますか、人生の上でもいろいろ苦労がありました。

 

感慨があります。

 

 

しかも、

 

とてもキレイな本です。

 

いや、

 

自分で言うのも何ですが、

 

静かに、

 

じっと

 

みつめていたい、

 

そんな本になっています。

 

 

 

 

表紙はフェルメールです。フェルメールの『小路』です。

 

敢えてここには画像は載せないことにしたいと思います。

 

表紙にはすてきな色の帯が付されています。

 

 

 

みなさん、

 

なんか

 

大事で大事で仕方なくて、

 

読み込んでいるのに線を引きたくない、

 

そーっとページを開いてしまう、

 

そんな本に出会ったことはありませんか。

 

 

俺は数冊あります。

 

全部は覚えていませんが、

 

一冊は

 

豊崎光一氏の『砂の顔』(1975年、叢書エパーヴ、小沢書店)

 

です。

 

 

 

なにか、彼の思考そのものに不可避の「弱さ」があり、

 

その「弱さ」が、クリーム色の表紙にオレンジの帯をかぶせた本の外観から漂ってくる。

 

とても不思議な本でした。

 

フォントが教科書体といいいますか、

 

ちょっと変わったものであったこともその雰囲気を醸し出す一因でした。

 

 

それと、

 

とても不思議なことを覚えている。

 

フランス語には

 

--ment

 

という語尾の単語がたくさんあります。たとえば、デリダがよく使うespacementなんかがそうです。

 

こうした単語をカタカナでルビにするとき、たとえばこの例であれば豊崎さんは、

 

「エスパスマン」

 

とするのです。

 

俺はこの「…マン」というカタカナの表記、

 

そしてその響きに

 

なにか心を打たれたのでした。

 

不思議でした。

 

なぜ「…マン」が俺の心を打つのか。

 

 

 

 

俺の中では

 

表紙、彼の思想の独特の「弱さ」、そしてこの「…マン」の表記と響きが

 

『砂の顔』という本に他ならない。

 

そしてそれはそーっとページをひらいで消して線を引かない、

 

そんな本でした。

 

 

 

 

『スピノザの方法』は

 

これまでお世話になってきた方々には既にお贈りしたのですが、

 

そのなかでこんなすてきなコメントをお贈りくださった先生がいらっしゃいました。

 

私信ですが匿名で一部引用ならば許されるであろうと思い、

 

ここに引用します。

 

 

 

「フェルメールの、きわめて日常的でありながらもどこかこの世のものとも思われない雰囲気の絵画に包まれた本書を眺めていますと、ふと「スピノザと思考の孤独」という言葉が口をついて出てきました」

 

 

 

何か、本が出る前に決定的なことが言われてしまったような気がしました。

 

どこかこの世のものとも思われない雰囲気…。

 

そういえばこの絵は、

 

スピノザがそこをもしかしたら歩いたかもしれない、

 

そういう理由から選んだのでした。

 

しかし、

 

彼が歩いたかもしれない、このありふれた日常的な場所は

 

どこかこの世のものとは思えない雰囲気をもっている。

 

もしかしたら、

 

スピノザという哲学者がいる場所、いた場所も、どこかこの世のものとは思えないところなのかもしれません。

 

 

 

彼は時代と闘った人です。

 

『エチカ』の完成が間近であったにもかかわらず

 

『神学政治論』を書いて世の政治と宗教を問い、

 

それを匿名出版するも

 

すぐに著者として名指されるにいたり、

 

「スピノザ的」は罵倒の言葉になる。

 

スピノザに近いとか、スピノザに好意を持っているとか思われたくないがために、

 

わざわざ当時のデカルト主義者たちはスピノザの悪口を言った。

 

「スピノザ的」や「スピノザ主義」が罵倒の言葉になるとは、

 

要するに、

 

例えば俺を例にしていえば、

 

「お前って國分的だな」とか

 

「あいつは最悪の國分主義者だから近寄るな」とか

 

そういうことを周囲の人間が皆言っているという状態です。

 

いじめですよ。

 

それでもスピノザはめげなかったわけです。

 

『エチカ』を完成させて世に問おうとするわけです(当然、出版できませんでした)。

 

 

 

スピノザは闘う人であった。

 

でも、

 

何と言いますか、

 

彼の思想には

 

すこし、夢のようなところがあるように思うのです。

 

実現は容易ではないし、

 

ある種の「弱さ」をもっているのだけれど、

 

しかし、

 

諦めてはならぬ夢のような

 

そういう性格が

 

彼の思想にはある。

 

だから、

 

スピノザが歩いたかもしれない「小路」を

 

この世のものとは思えないと形容することには

 

なにか強い必然性を感じたのでした。

 

 

 

「弱さ」についても

 

「夢」についても

 

『スピノザの方法』で論じています。

 

第一部と序章をご覧ください。

 

 

 

「スピノザと思考の孤独」についてはどうだろうか。

 

この点は実は『スピノザの方法』の結論にかかわってきますので、

 

ここでは書かないことにしておきます。

 

しかし、

 

表紙を見ただけでそのことを察せられた先生には

 

本当に驚きました。

 

 

 

 

最後に、

 

スピノザは10年以上かけて書いた『エチカ』を出版できずに死にました。

 

俺は10年ぐらいかけて書いた『スピノザの方法』を生きているうちに出版することができた。

 

この世界に感謝しなければならない。