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ニコ生 津田大介氏の番組、DNA、癌のメカニズム

昨晩ニコ生で、津田大介氏による中川恵一氏のインタビュー を見た。

考えたことをすこし書く。

津田氏も番組の最初からその点に言及していたけれど、

中川氏はネット上で大変バッシングを受けているらしい。

で、

俺はツイッターでこの番組について少し書いた。

このまま何も書かないでいれば、

國分が中川氏について何か言っていたってことは

忘れられて

それで終わりだろうが、

やっぱり考えたことを書いておきたい。

この放送は大変勉強になった。

なぜかって言うと、

なぜ我々がこれほど「放射能」

——この言葉は放射線を出す能力のことだそうだが、恐怖の対象になっているのはこの語でありこの語がもつイメージなので、ここではこの語を使う——

が怖いのかがよく分かったからだ。

そして

脱原発の必要性を改めて感じられたからである。

昨晩の放送での中川氏の話のポイントを俺なりにまとめると

(1)年間100ミリシーベルト以上被曝する(つまり、毎時11マイクロシーベルト以上の放射線を一年間被曝し続ける)とガンの発生率は高まる。

(2)年間100ミリシーベルト以下の被曝だとガンの発生率が高まるのかどうかは確定的には分からない。

(3)だからといってその程度なら被曝してもよいわけではないから、国際放射線防護委員会(ICRP)は年間100ミリシーベルト以下の被曝でもガンの発生率は増加するという立場に立っている。

(4)被曝を避けるための避難については、プラスの面とマイナスの面の両方を考えねばならない。

(たとえば老人ホームの老人を全く別の場所に避難させることには大変大きなリスクが伴う。老人は被曝によって影響を受ける可能性が極めて低いことを考えれば、二つの危険を比べた時には、避難させない方が妥当と考えられる。)

(5)避難についての現実的な判断を踏まえた上で、何よりもまず放射線量を下げる努力をしなければならない。

(セシウムなどの放射性物質はイオンの関係で土に付着するので、例えば校庭の土を入れ換える。コンクリ等、土ではない箇所は洗い流す。等々)

(6)今回の原発事故は日本人の生活習慣(葉物を食べなくなる、外にでなくなる等々)に大きな影響を与え、それは結果としてガンを増やすことになるだろう。何より人々に与えた不安は途方もないものである(「日本人の心を荒廃させた」)。この不安もまたストレスとなってガンを増やす。だから、原発はなくしていった方がいい。

知っていたこともいろいろあったが今回頭が整理された。

俺が特に注目したのは(2)である。

年間100ミリシーベルト以下の被曝でガンの発生率が高まるのかどうかを確定的に確かめることはできていない。

いや、BEIRというアメリカ科学アカデミーの委員会は

「最小限の被曝であっても、人類に対して危険を及ぼす可能性がある」と述べている。

が、これも「可能性」であって、確定的に確かめたとは言えない。

おそらく、確定的に確かめることは非常に困難なのだろうと思う。

ガンを発生させるファクターはたくさんあるからである。

とにかくいまは分かっていない。

この盲点、どうしようもない盲点こそが、

恐怖であり、恐怖を生む。

なぜなら、分からないものが一番怖いからである。

AIDSも正体がはっきりしないときに

最も恐れられた。

問題はこの後。

(x)分からないぐらいだから、避難しなくても大丈夫(このままでもよい)と言う、か。

(y)分からないから、避難については本人の意志を尊重し、それと同時に環境の放射線量を下げる努力をしていく、か。

(z)分からないから、疑わしい地域は全員避難させる、か。

この三つの選択肢があると思われる。

おそらく、

中川氏は(y)の立場だと思う。

すると、

(z)を主張する人から見ると、どうも(x)に近いように見えるのだろう。

それがバッシングの理由ではないか。

まず

これは津田さんがはっきり聞いてくれたから分かったけど、

中川氏は原発を減らしていくべきだと言っていた(番組の最後)。

だから彼を

「電力会社から補助金をもらっている御用学者」と言うのはおかしいと思う。

あの人は医者なので、

原発事故が起こってしまったこの状況下で、

プラスとマイナスの両方を鑑みて、

どう判断すべきかということを考えている。

(手術は患者への大変な負担。それはマイナスが大きい。しかし、そのマイナスを踏まえた上でもプラスが大きいと判断されれば医者は手術する。)

脱原発派で有名な小出裕章氏は『原発のウソ』(扶桑社新書)でこう言っている。

事故は起きてしまった。

だから汚染された食料は必ずでる。

ではどうするか。

何よりも大切なのは、妊婦やこどもに食べさせないこと(この点は本エントリーの最後で詳しく説明したい)。

そのためにはどうすればいいか。

「大人や高齢者が汚染された食品を積極的に引き受ける」ことだ、と小出氏は言う(p.92)。

そりゃだれだって汚染されたものを食べたくはない。

しかし、こどもを被曝から守るためには、

高齢になると被曝の影響を受けにくいという事実を「武器」として使うしかない、と小出氏は言う。

チェルノブイリの時も汚染食品が出たが、

たとえば日本が拒否した汚染食品は貧しい国に流れていったらしい。

小出氏は食品への汚染度の表示を求めている。

だから小出氏はこう言う。

「自分の命に関わる基準を他人に決めてもらう今のやり方は、根本的に間違っている」。

「自分の被曝を容認するかしないかは、自分で決める」(p.95)。

俺はこの小出氏の提言は現実的なものだと思う。

このどうしようもない悲惨な事故が起こってしまった。

だからそれに現実的に対応しなければならない。

その際、現実的に考えるとは、

プラスとマイナスを比べて考えるということだ。

こどもや妊婦の被曝はあまりにマイナスの度合いが高い。

だから、相対的にマイナスが少ない高齢者や大人がそれを引き受けるということ。

中川氏の

避難については本人の意志を尊重すべきというのも同じだろう。

もちろん、それは同時に

放射線量を下げる努力をしていくこととセットである。

ただ、

俺としては

小出氏の提言にも、中川氏の提言にも

やはり思うところがある。

それは

 自分の命に関わる基準は自分で決める

 避難に関しては本人の意志を尊重する

もちろんそうなのだが、

どうしても人は

どこかにそれを決めてもらいたいと願ってしまうということだ。

誰かに

「これなら大丈夫ですよ」

と言ってもらいたい。

なぜと言って、

くりかえすが、

最終的な影響は分からないのだ。

だから、

実際のところ

非「専門家」に選択などできない。

いや正確には「専門家」にも選択はできない。

「専門家」にも分かっていないわけだから。

合理的な判断は無理で、

ジャンプするしかない。

これが原発事故の悲惨である。

それは破壊よりも不気味である。

原発というのはこういう事態を引き起こす可能性を持っている。

そして実際にこれを引き起こした関係者は明確に責任をとってもらう必要がある。

(その点についてはこのエントリー を参照していただきたい)

しかし、

合理的な判断はできなくても、

その人なりの思いというものがある。

  この土地を離れたくない。

  ここで学校に通わせたい。

  この食事をとりたい。

結局はここに公権力がどれだけ介入するかが問題になる。

危険と思われる基準を高めて、

強制的に人々を移住させたり、

食物を廃棄したりするかどうか。

ここでもめている。

俺は

「大丈夫」と言ってもらいたいというどうしようもない気持ち(言葉は悪いが、ある種の人間の弱さ)と

「直ちに健康に影響はありません。大丈夫です」と言う「御用学者」の発言は

どこか相補的である気がしている。

恐怖心から、自分で考えるよりも従属することを求めてしまう気持ちと

そこに付け入ろうとする気持ち。

この対立から抜け出すためには、

小出氏や中川氏が言うように

自分で基準を決めるしかない。

繰り返すが、

これは非常に困難である。

困難なのだが、しかし、

その困難なことを強いる悲惨な事態が俺たちの目の前にある。

人は生活しなければならない。

こどもはどんどん成長していく。

ならば、

この困難な課題をやらねばならない。

事故は起きてしまったのだから、

事故後の世界でどう生きるかを考えないといけない。

そのための条件は

やはり情報であろう。

二つの情報の入手である。

・政府等が各地の放射線量をできるだけ細かく明示していき、それを各人が入手すること。

・被曝が健康に与える被害についての正確な情報を入手すること。

さて、

このうち二つ目について

俺が知っていることを書いてみたい。

ガンについて俺が勉強したことである。

間違いがあったら是非指摘していただきたい。

放射線はDNAを損傷させる。

では、

DNAが損傷するとはどういうことか。

DNAは二重螺旋構造であり、

アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の四つの塩基からなる。

DNAのおもしろいところは、

これら四つが、AとT、GとCという対で組み合わさっているところである。

どういうことかと言うと、

二重螺旋の一方の鎖に

ATCC

という並びがあると、

もう一方の鎖には必ず

TAGG

という並びがあるのである。

DNAが複製されるときには、

二本の鎖がほどけて、

(つまり、ATCCとTAGGに分かれて)

その両方の鎖に

対応する塩基がくっつく

(つまり、ATCCに新たにTAGGがくっつき、TAGGに新たにATCCがくっつく)。

情報が安定して、しかも容易に複製できるところに

このDNAという生命の設計図の秘密がある。

さて、

この仕組みはDNAが破損した際にも利用される。

つまり、

ACTTとTAGGが二重螺旋をなしているとき

一本目の鎖の最初のAが砕けても

それに対応するTが残っているから、

ああ、ここはAだよね

ってわけで、

Aの塩基がくっつく。

そうしてDNAは回復される。

この辺りの回復可能性にもDNAの強みがある。

しかし、

当然こういう疑問がわく。

両方砕けたらどうなるの?

もちろん回復できない。

しかし、

生命はそれだと簡単にいなくなってしまう。

ではどうしてきたのか?

どうしたらいいか?

別の個体からもらえばいいのだ。

実は性の起源はここにあると言われている。

つまり一個の個体が自分だけで分裂して増えていくのではなくて、

わざわざ別の個体を探して、DNAをもらい受けるという仕組みである。

単細胞生物は別の個体からDNAをもらうことによって

DNAを修復する。

つまり若返る。

生物時計をゼロに巻き戻す。

性というのは、

DNAの損傷を回復するための仕組み

個体が個体を維持するための仕組みとして

進化の過程で開発されたものらしい。

ところが多細胞生物となると

ちょっと話が変わる。

人間のような多細胞生物も性の仕組みを受け継いだ。

しかし、

個体が複雑になりすぎたからだろうか、

別の個体からDNAをもらい受けて生命時計を巻き直すのは、

新しい別の個体ということになった。

つまり、

自分が若返るのではなくて、

こどもという形で若返った新しい個体がでてくることになった。

(多細胞生物の側から見たならば、単細胞生物の場合は、自分自身が、セックスして生まれるこどもになるのだと考えればいいかもしれない。)

【この辺りは田崎英明『ジェンダー/セクシュアリティー』(岩波書店)の説明を参照している。】

まとめよう。

生物は進化の過程で、DNAの損傷を別の個体からDNAをもらうことで修復するという仕組みを手にした。

単細胞生物はその仕組みを使って生命時計をゼロに巻き戻すことができる(DNAを回復することができる)。

多細胞生物もその仕組みを受け継いだが、個体そのものが複雑になりすぎたからだろうか、生命時計をゼロに巻き戻してスタートする個体は、DNAを与えた個体、およびそれをもらい受けた個体とは、別の個体ということになった。

さてここで出てくるのが、多細胞生物における老化の問題である。

多細胞生物の一個体は

単細胞生物のように自分の生命時計をゼロに巻き戻すことはできない。

したがって、

DNAの損傷は蓄積していく。

これが老化である。

DNAに日常的に損傷を与えるものとして

たとえば紫外線がある。

DNAは紫外線に弱い。

だから紫外線を受けるとDNAが損傷して、そして修復できないことがある。

「DNAの損傷の蓄積」といったが、

実際にはそれは

細胞が分裂する際の

DNAの複製のミスの蓄積のことである。

人間は毎日たくさん細胞が死んでいるので、

どんどん細胞分裂することでそれを補っている。

その際、

当然、

DNAが複製されている。

しかし、DNAに損傷があると

そっくりそのまま複製されないことがある。

コピーにエラーが起きる。

蓄積したエラーは、

個体をもとあった状態から遠ざけていく。

さて、

この複製ミスの際、

ごくたまに、

そのまま生き残っていく細胞が生まれることがある。

それが癌細胞である。

とはいえ、

まずは免疫細胞というのがあって、

異質な細胞はやっつけてくれるらしい。

しかし、

それをくぐり抜けるやつもいる。

くぐり抜けたやつがそのまま大きくなっていくと

それが癌として発見されることになる。

さて、最初の話に戻る。

放射線がなぜ癌を引き起こすと言われるのか。

それは

放射線がDNAに損傷を与えるからである。

損傷を与えられたDNAをもつ細胞が分裂すると、

DNAの複製ミスが起こる可能性がある。

その複製ミスから何らかの偶然で生き延びる細胞が生まれると

これががん細胞である。

では、

なぜこどもや妊婦は被曝を避けないといけないか。

それは胎児やこどもは

大人とは比較にならないぐらい細胞分裂が盛んだからである。

つまり、彼らのDNAに損傷が起こると

細胞分裂の数が圧倒的に多いのだから、

DNAの複製ミスが起こる可能性もまた

圧倒的に高まるのである。

妊婦やこどもは弱いから被曝させてはいけないのではなくて、

むしろ、

胎児やこどもは圧倒的な生命力をもっているが故に

被曝させてはいけないのだ。

また

大人であっても圧倒的な量を被曝すると

全身の細胞のDNAがめちゃくちゃになってもはや細胞分裂ができなくなる。

そのまま肉体が朽ち果てていくということになる。

たとえば

1999年のJCO臨界事故で亡くなった大内さんはそのような状態だったようである。

大内さんは病院に運ばれたときは意識も普通だったし、外傷もなく、すこし日焼けしているように見えるだけだったというが、

細胞内部では徹底的な破壊が起こっていた。

実際、俺はテレビでみたが、

大内さんの全身はぐちゃぐちゃに崩れていった(腕の写真だけはNHK特集で放送された)。

ただこれは癌発生のメカニズムとは別の話なので、

分けて考えた方がいい。

癌の場合は

DNAの複製ミス

複製ミスを圧倒的に高めてしまう要因(こどもや胎児は細胞分裂が圧倒的に高いということ)

を考える必要がある。