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一九世紀化

今日、日曜日に、また保育園の父母の会連合会の会合があるんですが、その時に、小平市の保育園の民営化の話をします。

ついに我が市でも保育園の民営化です。

細かい問題点については書きません。

ただ、いろいろ話を聞いていると、ここでも、非正規雇用の問題があるそうです。

つまり、民営化された後、一年契約で保育士が雇われたりするそうなんです。

保育士の生活も不安定だし、ころころ毎年のように先生が変わって、安定した保育ができない、と。

非正規雇用の問題は本当にあちこちで論じられているのでここでは特に書きません。

ただ、いっつも思うのは、時代は一九世紀化しているということです。

製造業まで派遣業務拡大とかって、なんか、工場法とかなかった時代みたいです。

有給休暇とか年金とか働く人の権利は一九世紀の闘いの中で勝ち取られてきたものです。

それがあっさりと二一世紀にはいって覆されると。

いま、一九世紀のことをもっと考えるべきでしょう。

その際に俺が注目しているのは、ウイリアム・モリスというイギリスの社会主義者です。

民衆の芸術 (岩波文庫 白 201-2)/ウィリアム・モリス

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モリスのおもしろいところは、周りの社会主義者・共産主義者たちが「どうやったら革命が起こせるだろうか?」と(心躍らせながら)考えている横で、

「革命が起こったらどうしよう? その後の生活は豊かな生活であるはずだけど、いったいその豊かな生活ってどんな生活だろう?」

って考えるのです。しかも、

「革命は明日起こるかもしれない」

って思っているのです。

いやぁおもしろいなぁ。

で、モリスの答えは、芸術を生活の中に取り入れていくというものです。

これまで芸術は一部の特権階級の独占物であった。

しかし芸術は民衆の中に入っていかねばならない。

特に当時は産業革命の後で、生活必需品が粗悪な工場生産品によって占められていたそうです。

それをモリスは嘆き悲しんだ。

で、デザイナーでもあったモリスは、芸術が民衆の生活に入っていくよう、アーツ・アンド・クラフツ運動というのを始めるのですね。

去年だったか、日本でも、アーツ・アンド・クラフツ運動の展覧会がありました。

あの展覧会はよかったけど、一つ不満。

モリスには「社会運動家」という呼称が用いられていたけれど、展覧会の中で一度も「社会主義者」という言葉が出てこなかった。

彼は社会主義者ですよ。

そして、革命後の豊かな生活とか、民衆の芸術とか、そういったことを一九世紀の段階で考えていた社会主義者がいたってことが重要なのです。

去年、韓国に行ったときこんな話を聞きました。

韓国の非正規雇用労働者のデモがあったとき、参加者たちはこんなスローガンを投げかけた。

「我々が欲しいのはパンではない。バラだ。」

つまり、食べて生きていくだけの生活など人間らしい生活ではない。

生活は飾られていなければならない。

飾られていない生活など人間らしい生活であろうか。

パンが欲しいのではない。パンはあって当然なのだ。

生活には生活を飾るバラがなければならぬ…。

俺は感動した。

そして、これはモリスの精神に通じるものだと思った。

食べて生きていけるだけの生活など人間らしい生活ではない。

バラが、芸術が、生活を飾らねばならぬ。

一九世紀の、労働者の権利などまだまだ守られていなかった時期にこういうことをいっていた人がいたのです。

非正規雇用の問題が大きくなっている今こそ、パンを求める運動に甘んじてはならない。

労働運動はバラを求めねばならない!

これは保育園の問題にもつながっているのです。

生活にバラのない先生が子どもたちに余裕をもって接することができるだろうか?

パンだけの生活の先生に子どもを任せられるだろうか?

どうしてこんな簡単なことが分からないのか?

今こそモリスを!

生活にバラを!