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書き出し

スピノザ論は入稿寸前です。

冒頭の書き出しにすっげー悩んだ。

ちょっとかっこつけた書き出しになりました。

まぁいつもかっこつけてるのだが。

スピノザの『エチカ』は

「一 自己原因とは、その本質が存在を含むもの、あるいはその本性が存在するとしか考えられないもの、と解する」

ってのが書き出しですね。

いきなり始まってる。

序文がない。

『エチカ』はスピノザの死後、遺稿集で初めて世に出ましたが

(因みに、遺稿集はスピノザが死んだその年の末には友人たちの手でもう出されている)

その遺稿集にはスピノザの名前は明示されなかったそうです。

著者名のない遺稿集…。

「真理は万人のモノだから」

というスピノザのたっての希望だったそうです(かっこいい)。

つまり『エチカ』は

序文もなければ著者名もない本として世に問われた。

しかも、繰り返しますが、いきなり最初が

「一 自己原因とは、その本質が存在を含むもの、あるいはその本性が存在するとしか考えられないもの、と解する」ですからね。

なにか、すさまじいパワーを感じます。

突然何かに放り込まれたみたいな。

ドゥルーズもいきなり始める人です。

『スピノザと表現の問題』ってタイトルの本が、

「表現の観念は『エチカ』の第一部では定義六から現れる」

ですからね。

いきなりすぎる。

はやく書き下ろしの方に向かわないと。

10月23日に行う三田哲学会での講演 のタイトル決めました。

社会契約論とは別の仕方であるいは社会契約論の彼方へ

——ドゥルーズ=ヒュームの制度理論

レヴィナスをぱくりました。

明日から所用で北海道に一週間行ってまいりますので、ブログは一週間お休みいたします。

この前休んでた時に何も書かなかったので、今回はとりあえずお知らせ。