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検察暴走、法と非合法、最後に村木さん

大阪地検の特捜検事が証拠捏造で逮捕された事件が大変話題になっています。

なんというか、

ここ数年、

「検察が暴走」という感覚は誰もが持っていたはず。

それまでは、

検察が恣意的に動くということが

それほど人々に認識されていたとは思えない。

この数年ではこの事実がものすごく分かりやすく認識されることになったと思います。

俺も、

ここ数年、

検察自身から

「我々は特定の目的のために恣意的に動くこともあるんだよ」

と教えられていたような感覚があります。

一罰百戒

なんて、

日常生活で使うこともないし、

意識することもありませんよね。

だいたい

子どもを叱っても、

「一罰一戒にもならねー」

みたいな。

日常的にはそんなんばっかり。

でも、

ここ数年の検察の動きって、

一罰百戒という言葉を

ものすごい意識させました。

この事態、

理論的に説明してくれるのは、

もちろん

あの人、

フーコーですね。

『監獄の誕生』という本は、

規律訓練(discipline)について論じたことで有名です。

けれど、

はっきりいって、

あんなのはちょっと考えりゃ思いつくって言うか、

あんな分かりやすい話であの本をレジュメしちゃうのは

片手落ちと言わざるを得ない。

あの本の大きなテーマとしては、

立法権力の恣意性、その暴走というのがあるわけです。

これは合法、これは非合法というのを

権力が適当に自分たちに都合がいいように決めるということです。

そして、

フーコーの『監獄の誕生』においてそれが重要なテーマであったということを

明確に示しているのは、

ドゥルーズの『フーコー』(邦訳、河出文庫)

に他なりません。

伝統的な政治哲学、要するに社会契約論的な政治哲学は、

法というものを、

野蛮な力(=戦争状態における暴力)に対して強いられた平和状態(=社会状態)であるとか、

あるいは、

最強の者が戦争に勝利を収めた結果(=戦争状態の終結)

と見なしている。

念頭においておけばよいのは

ホッブズですね。

自然状態は戦争状態で、

それは契約によって乗り越えられて、

法=平和状態が全臣民に押しつけられる、と。

この場合、

法律、あるいは法の支配とは、

戦争の停止として定義され、

〝非合法〟に対立させられている。

つまり、

法と非合法とが極めて単純な二項対立に置かれている。

最初にはちゃめちゃなカオス状態があって、それが終わって法の支配が訪れるってイメージですね。

この場合、

法の領域ははっきりと確定していて、それに反するものが非合法である、ということになる。

しかし、フーコーによれば、

法はそんなもんじゃないんだ、というわけです。

法は、戦争状態の終結の後に訪れるものなんかじゃない。

法それ自体が戦争状態の継続なんだ、法そのものが戦争状態の表現なんだ、

そういう風に考えたわけです。

法とは、

社会の中で緻密な闘争=戦争が行われている、

その緊張関係の表現に他ならないのだ、と。

ドゥルーズによれば、

だからフーコーは、

法loiと非合法illégalitéという対立を斥け、

不法行為illégalismesと法loisとの繊細な相関関係を打ち立てる。

「法はいつでも、法が形式化しつつ区分する様々な不法行為の組み合わせなのである。法律は完全に非合法と対立するものではない。〔…〕法は、不法行為の運営であって、不法行為のあるものを許し、可能なものとし、あるいは支配階級の特権としてでっちあげ、別のものは、被支配階級への償いとして大目に見、支配階級に役立つものにさえし、さらには別のものは禁止し、隔離し、また支配の対象や手段として取り上げるのだ」(『フーコー』六〇頁)。

だから結局こういうことになります。

「そしてフーコーは、法が一つの平和状態ではなく、また勝利した戦争の結果でもないことを示す。つまり、法そのものが戦争であり、この戦われている戦争の戦略なのである。権力が、支配階級の手に入れる所有物ではなく、権力の戦略の現実的な行使であるのと同じことである」(『フーコー』六二頁)。

ならば、

検察権力が、

何らかの「戦争」の勝利を目指して、

恣意的に動くことなど

理の当然。

法律については

常にこのような批判的視点で見ていく必要がある。

今問題になっているハケンだって、

もともとは禁止されていたわけですよね。

でも産業界の要請があれば、

権力はいつだってそんな禁止をとりはずすわけです。

合法/非合法はその時の権力の都合で決められるわけです。

まぁ、

とはいえ、

今回の件は、

あの検事の出世欲が大きかっただけって感じもしますけど。

そういうものにさえ、

検察の活動が

左右されるのだということは理解しておく必要があるでしょう。

なお、

その検事が証拠捏造した裁判で無罪判決を受けた

村木厚子氏の手記「私は泣かない、屈さない」が

『文藝春秋』十月号に載っていますが

これはなかなかおもしろいので、

おすすめいたします。

この人

1978年に労働省に入省してますが、

この時代に女性が、

ですからね。

すごいですよ。

この人は高知大学出身だそうですが、

当時

高知大学から国家公務員上級試験に受かったのは

村木さんだけらしい。

村木さんが入省した時は

「今度やって来るキャリアの女子職員にお茶くみをやらせるかどうか」

で課が真っ二つに割れた。

アホか!

お茶ぐらい自分でいれろ!

すごい時代を感じさせますね。

30年ぐらい前までの日本って、

そんなだったんですよ!

(今だってそうかもしれないけど。)

みなさん忘れないでくださいね。

『Always』見て、

昭和三十年代がいいなんて、

そんなわけないですから。

そういう時代に、

頑張っていた人

闘っていた人

がいたわけです。

村木さんは

島根に赴任したことがあったそうですが、

その際も二歳の娘をつれて赴任したそうです。

で、

それだけで大騒ぎだったらしい。

「子連れ赴任は空前絶後」って言われたんですって。

で村木さんは

「あのね、空前かもしれないけど、絶後じゃないわよ」

と返した。

いい話です。