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死刑

短めに行きます。

裁判員制度で

死刑判決が二つもでたということで話題になっている。

裁判員をされた方々は

大変な精神的ダメージを受けていると報道されている。

いや、

正確に言うと、

死刑判決を下す裁判員が

大きな精神的ダメージを受けることは、

当然であるかのように報道されている。

俺はここに強い疑問を感じる。

どういうことか?

センシティヴなことなので注意深く読んでください。

日本では世論調査をすると八割が死刑賛成だそうだ。

死刑に賛成するメディアは、

そういう調査をそのまま報じ、

またそれに依拠して死刑の存続を求める。

さて、

今回二つの裁判で裁判員になった方々は

死刑でよかったのかと悩み、

思い出すと涙がでるとか言っていた。

彼らは

ほぼ全員が

残りの二割の死刑反対に属するひとだったのか?

そんなことは考えられない。

ならば、

世論調査をすると八割が死刑に賛成するけど、

実際に死刑を下す側になると、「本当にこれでよかったのか…」と一生涯悩み続けなければならないほどの疑問を引き起こすのが死刑であることが分かるというこの矛盾、

なぜこの矛盾について誰も何も言わないのか。

まるでメディアは

「死刑を下す側になるとその恐ろしさが分かる」というのは当然であるかのように報道している。

裁判員の精神的なケアがどうのこうのとかまで言っている。

ならば、

それにもかかわらず

世論調査が言う死刑賛成八割と

この裁判員の精神状態という現実とのすりあわせを

どうして誰も行わないのか。

おかしいんじゃないか?

なぜケアがどうしたこうしたとかそいういう弥縫策の話しかしないのか?

まるで裁判員のことを心から心配しているかのように報道しているけど、

だったら、

死刑に八割が賛成という数字をはじき出す世論調査のやり方や

——因みに去年だったか、アムネスティーが、日本での死刑廃止を巡る世論調査のやり方は誘導尋問的で問題があると指摘した——

世論調査の対象となっている人間の想像力に

大いに問題があると考えるのが普通じゃないのか?

なぜそこを指摘しない?

なんか無性に腹が立った。