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砂漠が広がる

ハイデッガーは『思惟とは何の謂いか』でこんなことを言っている。

これは1951年の講義の講義録である。

多少自由に引用しよう。

  ニーチェは

  「砂漠が広がる」

  と言った。

  これは砂漠が広がることを言おうとしている。

  砂漠化は破壊以上のものである。

  砂漠化は殲滅よりもいっそう不気味である。

  破壊は単に、これまでに成育し建設されたものを

  除去するに過ぎない。

  しかし砂漠化は

 

  将来の育成を阻止し、

  いかなる建設をも妨げる。

  砂漠化は単なる殲滅よりもいっそう不気味である。

  この単なる殲滅にしても

  除去し、しかもさらに無さえも除去するのであるが、

  それに対し

  砂漠化の方は、

  阻止するものや妨げるものを、

  まさしく誂え用立てて広めるのである。

  ——マルティン・ハイデッガー『思惟とは何の謂いか』(邦訳、創文社、p.38)

俺は

福島の原発事故を見ながら、

この言葉を思い出していた。

津波は破壊する。

津波は、

成育し建設されたものを

除去する。

それに対し

原発事故は不気味である。

放射性物質による汚染は、

将来の育成を阻止し、

いかなる建設をも妨げる。

原発事故は破壊以上のものである。

原発事故は殲滅よりも不気味である。

……

ハイデッガーはここから、

同書のテーマである、

考えることについて考えていく。

彼によれば、

いま一番考えられなければならないものとは

我々がいまだものを考えていないということ

である。

しかし、

いつも思うが、

マルティンよ

考えるということには

常に対象があるのだ。

「我々がいまだものを考えていないということ」

は分かった。

ならば

もし我々が何かを考え始めたら、

この

〈考えていないということを考えなければならない〉

という

ややこしい、折れ曲がった仕方で考えなくてもよくなるとは思わないか。

マルティンよ、

いま

お前も知っている日本って国では

大変なことが起こっていて、

みんなでいろいろ考えようとしているんだ。

お前も手を貸してくれ。

これは

お前が最も得意とするテーマのひとつ、

技術(テクネー)と自然(フュシス)に関わる問題なんだ。