プレビューモード

経済成長と保育園

もう一昨日になってしまったが、2010年6月12日付け『朝日新聞』の朝刊で、萱野稔人さんが、政党についてのインタビューを受けている。

経済的合理性を政党選択の基準にするべし。

日本はイデオロギーではなくて、経済的合理性で政策を選んできた。

だから是々非々で議論ができる土壌があり、これを今後もうまく活用すべき。

俺は萱野さんのこの見立ては正しいと思う。

バブル期って経済的にすごいというふうに思われているけど、経済成長率は4パーセントぐらい。

高度経済成長期は9パーセントぐらいありました。

比べものにならない。

この前、勤務先の高崎経済大学の先生からもこの話を聞きました。

で、いまの日本の財政・福祉政策は、すべて高度経済成長期に設計されているわけです。

この20年は経済成長率1パーセント以下です。

(みなさん、この9、4、1の数字は覚えておくと便利ですよ)。

だから、こんな経済状態で、当時の前提のままの政策が維持できるわけがない。

ところが、それに対応した政策を出せる政党がない。

だからこれからは、萱野さんの言うとおり、合理性で考えるしかない。

けど、合理的な政策をどこも出せない。

成長戦略でいくのか、成熟社会でいくのか。

俺は経済学者ではないので、経済成長の今後については分かりません。

ただ、直観としては成熟社会がいいと思ってます。

フランスにちょっといたことが関係しているかもしれません。

フランスはこの二十年、日本と経済成長率はほとんど変わりません。

でも、その成熟度はすごい。

書いたらきりがありませんが、福祉がすごいです。

なんでフランスでできて、日本でできないのか。

そんなはずがない!

「君にはできる。なぜなら君はやらねばならないからだ」(カント)。

俺はこの四年、娘が通う保育園の父母会で、市の父母会が集まった父母会の連合会というのの仕事をしてます。

別にやりたかったわけではないのだが、誰も手を挙げず、で、そういう雰囲気に耐えられないから、「じゃあ、俺がやりますよ」と言って、するとそのまま「國分さん、来年もお願いします」と。

でも、やってみて、いろいろ分かったんで、すごいよかったですね。

小泉改革がこれだけバッシングされているというのに、保育園行政は民営化一直線です。

それも問題なんですが、それより何より、いま厚生労働省はものすごいとんでもない計画を進めています。

保育園を親との直接契約にするという話です。

知らないひとが多いでしょう。全然報道もされてませんし。

直接契約になると、地方自治体は、子どもに保育を提供する義務を免れることになります。

親に補助金を出すだけです。

また、介護保険と同様、「要保育度」という制度が導入され、日に何時間保育を受けられるかが、向こうで判断されることになります。

9時にあつまって5時までという制度が壊れるわけです。

11時から来たり、14時から来たり、お散歩にもいけない。

まぁ、この問題を紹介したサイトは他にもあるでしょうから、ここでは書きません。

俺が言いたいのは、次のことです。

日本はこの低成長時代、成熟社会を目指すべきだが、その際には政策に優先順位をつけなければならない。

入ってくる金は確実に減るのだから、優先順位は絶対に必要です。

で、その際、たとえば保育のような福祉の分野に優先順位を与えるべきだということです。

子どもがいない学生の皆さんはまだ分からないかもしれませんが、保育園がなければ、働くのは極めて困難です。

保育園というのは本当にすばらしいもんです。

インフラにはいろいろ問題もあるけど、日本の保育園はなかなかよくできています。

地域差は大きいでしょうが。

それを根底から覆すのが、いま検討されている直接契約制度です。

この30年ぐらいでしょうか、フェミニズムが文化的な表象批判に傾いてきたところがありました。

ああいうのは、子どもができて、保育園に行くようになると、本当にばかばかしいものに思えてきます。

誰それの映画には男根中心主義があるとかなんとか。

そんなこと言ってる場合じゃないっての!

いまの保育園の制度がぶっ潰されたら、シングルマザーはどうすればいいのでしょうか?

まずは保育園の制度の死守・改善を目指さなければだめです。

表象批判って、金持ちインテリの遊びだろ。

毎日の生活がやっとで、で、保育園に生活を救われている人がたくさんいます。

保育園というのは、伝統的地域社会が崩れた今、かつてよりも大きな意義を持っていると思う。

シングルマザーにとって死活問題であるのは言うまでも無い。

また、専業主婦にしても、はっきりいって、一人でずっと子どもをみているなんてのは、歴史上、はじめてのことです。

それまでは子どもを見てるひとが、まわりにたくさんいたわけです。

ひとりで一日中一年中子どもの相手をしていたら、おかしくなるに決まってる。

俺は、保育園というのはもっと受け入れの幅を広げるべきだとおもってる。

フランスにはecole maternelleという制度があります。

これは誰でもただで行ける学校みたいなものです。

早いと2才からいけるらしいです。

日本の保育園もecole maternelleのように、全員が行けるような制度へとすこしづつ変わっていくべきです。

俺は、いい社会の基準はいろいろあるのだろうが、敢えて言うなら、「シングルマザーが楽しく楽に生きていける社会がいい社会だ」という持論をもっています。

そのためには保育園が必須です。

それについてはまた書きましょう。

ちなみに、いま住んでいる東京都小平市の市民講座でその話をしたことがあります。

高崎経済大学の市民講座でこの秋に同じ話をしますので、関心がある方は是非。近づいたらまたご報告します。

保育園についてはいろいろ言いたいことがあります。哲学的には、そのうち時間ができたら、「シャルル・フーリエと保育園」という論文を書きたいと思ってます。