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自然を発見したときに哲学が始まる

ブログを始めたらやたら検索するようになった。

が、このブログは検索してもでてこない…。

その代わりにすばらしい発見をしました!

少し前ですが、岩波書店『思想』(2008年10月号)の「総特集:レオ・シュトラウスの思想」にドゥルーズとシュトラウスを比較する論文を載せました。

Philosophy Sells...But Who's Buying?


(この特集号については友人の早尾貴紀君のブログも是非参照してください。レオシュトラウスとシオニズムの問題について少しだけ書かれています。
http://hayao.at.webry.info/200810/article_11.html


その論文に大変丁寧な反論を書いてくださった方がいました。
http://tachinoki.seesaa.net/
ブログへの掲載でしたので見落としていました。

「隠遁者」と書いてあるだけでお名前は分かりませんが、大変細かく読んでくださっている。本当にこころからお礼申し上げます。

しかも2008年11月に一度お読みくださり。
http://tachinoki.seesaa.net/article/109245210.html

その際の違和感を保持されたまま、
2009年1月に今度はザッカートという研究者の著書をお読みになって得られた知見を用いて、その違和感を批判へと練り上げていらっしゃる。
http://tachinoki.seesaa.net/article/112931180.html

再反論するのは大変難しいのですが、一つだけ…。

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あの論文で俺はシュトラウスとドゥルーズがともに、アリストテレス『形而上学』における「愛知者=哲学者」と「神話愛好者」の区別に言及している点に注目した。始原について語る点では両者は同じである。しかし、哲学者は神話ではなくて自然について語る。自然を発見した時に哲学が始まる。哲学者は自然について語る者である。云々。

シュトラウスは、アリストテレス『形而上学』に基づいてこのテーゼを提示した。しかし、該当箇所を実際に読んでみると、アリストテレスは両者が似ていると言っているだけで、神話愛好者との差異によって哲学者を定義しようとしているわけではない。そう定義することに腐心したのは、実はシュトラウスである。そして、ドゥルーズはシュトラウスと全く同じ結論を、シュトラウスと全く同じ参照箇所から引き出している(ドゥルーズの説明はいつものように不十分だが)。そこから俺は、ドゥルーズがシュトラウスを読んだ可能性、そして両者が共通する自然主義者としての傾向性を何らかの仕方で有していた可能性に言及した。

この読解について「隠遁者」氏が批判的に仰ってくださったことはかなり理解できる。このような哲学者の定義は西洋哲学史の教科書的理解にもとづくものであって、アリストテレスのテクストを独自に解釈する必要はない。したがって、ここにシュトラウスの「独自の解釈」を読み取ろうとする國分の読解は、「自然主義者としてレオ・シュトラウスを描き出したい」という気持ちが先走って出てきたものではないかという批判である。

これはよく分かる(とある友人にも指摘された)。だが、問題は二人がなぜ、数ある哲学者の定義からこれを選んだのかということではないだろうか? たとえこれが最も有名な定義だとしても、「哲学者とは…」と断言する文脈でこれを選択しているというこの選好の意味は無視できないように思う。二人にとっては、〈自然の発見としての哲学〉がどうしても見逃せない、言明せねばならない事実だったということではないだろうか? その選好は彼らの哲学的方向性を語るものであるように思えてならない。

ともあれ、「隠遁者」氏がシュトラウスのソクラテス理解の重要性を掲げ、俺の論文にはそれが全く欠けているとした指摘は素直に受け止めたい。俺自身、ソクラテスがかなり好きなので、勉強不足だったことは自分自身でも残念だ。

少し前に書いたが、フーコーの『自己と他者の統治』はソクラテスについて長々と語っている。その中でフーコーは、政治的なパレーシア(「素直に率直に語ること」を意味するギリシア語)を実行すればすぐに命を落としてしまうという確信からソクラテスは政治に関わろうとしなかったのだという見解を示した。訳者の阿部も、専門家がこの解釈をどう受け止めるか関心があると書いているが、俺も同じ。俺としては、「隠遁者」氏に教えていただいたシュトラウスのソクラテス読解にあたりつつ、フーコーのソクラテスについて考えてみたい。