プレビューモード

計画停電の時代

今回の大震災で多くの人が亡くなられ、多くの人が家や財産を失い、多くの人が避難所生活を送っている。

そして、福島の原発事故はいまも多くの人たちを不安にさせている

原発事故についてはいろいろなことを考えた。それについて書きたい。

昨日、東京都小平市小川町一丁目も夕方から停電になった。

ゾーンごとに順次停電を行っている計画停電の一環。

今回の事故で発電所が被害を受けたために、

予測される電気量需要に見合う分を供給できないというのが

計画停電実施の理由。

まず、

計画停電については

病院等の医療関係施設のことを第一に考えなければならない。

電気のストップが生命の危険につながる場合もある。

だから計画停電は慎重に行っていただきたい。

これは大前提。

日本の送電技術は非常に優れていて、

きめ細かな配電が可能であると言う。

詳しいことは分からないが、ここには送るがここには送らないということが

ずいぶんと細かく指定できるということを聞いた。

(間違っていたら訂正します。)

なるほど日本っぽいと思ったが、

こういう時こそ、そういう技術をフル活用してもらいたい。

その他、俺は思いつかないのだが、

電気のストップが生命に甚大な影響を及ぼす場合は

他にもあるだろう。

そうした事例への配慮はもちろん必要だ。

繰り返すが、

これが大前提。

この大前提を踏まえた上で話を進めたい。

この数十年、

社会は消費電力を信じられないほど拡大してきた。

思えば、

俺が小さい頃なんて、

昼間に電気使っているのは、

冷蔵庫ぐらいだった。

電気について

いまでもよく覚えている幼い日の出来事がある。

家庭用の照明のスイッチ、

今はあれに

小さなランプがついている。

照明を消すと、

そのランプがつく。

叔父叔母が家を改築したとき

あのスイッチランプが導入された。

幼い俺は

あれをみて不思議に思った。

「電気使ってない時も、あのランプがついてるの?」

と、

きいたのを覚えている。

だって意味ないじゃん。

暗いときにスイッチの位置が分かる?

そんなの

自分の家なんだから

暗くても分かるよ。

このスイッチランプに

電気消費量拡大の問題が象徴されているように思う。

必要ない。

電気の無駄。

(まぁスイッチランプぐらいは大した消費量ではないだろうが。)

でも、

どこかの会社がそうしたものを開発したら

他の会社もそれを採用しなければならない。

別に採用しなくてもいいのに

採用しなければならない。

どこかの新築の建て売りにそうしたスイッチがついていたら

別の新築の建て売りもそれをつけなければならない。

別に絶対必要というわけじゃない。

そして無駄。

でも、

どこかがやったら

別のところでもそれに追随しなければならない。

そうしたことを

様々な分野

様々な商品で

延々と繰り返して、

結局

電力消費を増やしている。

科学技術を否定する気など毛頭ない。

俺自身、

パソコンがなければ何も仕事ができない。

多分俺は

ペンと紙では文章も書けない。

キーボードがなければダメな人間。

だが、

他がやっているから

こちらもやらなければならないという論理で

エネルギーの無駄を増やしていくというのは

科学技術否定とは全く無関係の問題だ。

他もやっているからうちもやる。

そうやってきた果てに

電気量消費量は膨大になった。

そして原子力発電所ができた。

しかも最近では

CO2削減のために原発を

という話まで出ていた。

もちろんこれには、

CO2排出量の取引云々という

経済の話が絡んでいる。

俺は詳しくないのでこのあたりは勉強したいが、

とにかく、

CO2を減らすために

原子力発電を推進するというのは

俺に言わせれば狂気の沙汰だ。

ずっとそう思っていたが、

なぜだれもそれをおかしいと言わなかったのか。

今回、

電力消費量を減らすために

計画停電を行っている。

先ほどの大前提を踏まえた上で

こう言いたい。

これからは

計画停電は日常茶飯事である

ぐらいの気持ちが必要ではないか。

もしも

計画停電を解消するために

新たに原子力発電所を作るなどという話になるのだったら

もういったい何が何だか訳分からん。

昨晩の計画停電の時、

我が家では

懐中電灯で食卓を照らしながら、

なんか裁縫屋で買ってきたらしい

アクセサリーキットを娘がせっせと作っていた。

俺は

タバコを吸いに外にでる。

見上げると

めっちゃ星がきれい

「おい! 星がよく見えるぞ!」

みんなで外を散歩。

暗くて静かでなんか気持ちいい。

コンビニが真っ暗で笑った。

バイトの人が

「ああ、もう閉めちゃったんです。すみません。」

と親切な対応。

信号機が止まっている。

だから自動車がゆっくり走っている。

横断歩道を渡ろうとしていたら、

自動車が道を譲ってくれた。

いつもならこんなことあり得ない。

パリではしょっちゅうストライキで交通機関が麻痺する。

だから、

仕事に遅れるなんてへっちゃらである。

だってそもそも無理なんだから。

日本はその無理を無理矢理乗り越えてきてしまっている。

停電になると

電気がないんだから

仕事しなくていい。

しかもそれを誰もとがめない。

停電になることが分かっているから、

工夫して生活する。

だから頭を使う。

もちろん電気がついたとき

俺はうれしかった。

だって明るくなったから。

でも、

一日に二三時間電気が止まったって

問題ない。

疲れている現代人はその時に休めばいい。

電車が今までのように動かない。

しかしそもそもこれまでの電車の量がおかしかった。

埼京線は通常時でも毎日のように遅れている。

あのおかしい量を、無理矢理乗り越えようとしてしまっていたから

様々な問題が起こった。

今までのように動かないなら

社会の方が変わっていく。

他でもやっているんだから

お前もできるだろうという

例の悪循環を押しつけられることもなくなる。

電気は必要です。

いや

ないと俺が困ります。

でも、

スイッチランプは要りません。

一日に二三時間停電すると

むしろ休まります。

そんぐらいのことで原発作らずに済むのなら

その方がいいです。

21世紀は計画停電の時代ではないか。