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iphone, Littré, compendium grammatices linguae h

お恥ずかしながら、

iphone G4を買いました。

これまでPHSだったんで、

やっとケータイです。

PHSはまだまだ使える技術みたいですけどね、

なんかうまく行ってなくて残念です。

iphone似合わないとか言われてるんですが、

確かにそうかも。

俺のお目当ては

辞書です。

なんと、

iphoneアプリで

フランス語辞書のLittré(リトレ)

が使えるんです!

しかも

無料アプリです!

すごい時代だ。

この辞書はエミール・リトレという人が

一九世紀に作った辞書で、

語源の説明と文学作品からの用例の引用がすごいんですね。

語源といえばデリダでしょうか。

デリダがよく使ってました。

俺もデリダが使っているということで知りました。

確かCDROMもあります。

でも、ケータイで持ち歩けるというのは本当にすごいですよね。

俺はパソコンがないと生きていけない人間ですが(ケータイはなくてもいい)、

パソコンで辞書が読めるようになったのは

本当に画期的なことでした。

留学中は移動が多かったけど

そのたびに辞書を持ち歩いていたら本当に大変です。

それがラップトップ一台ですからね。

俺は語学は大好きで

特に文法が好きなんですが、

高校生の時は

別に知る必要もない英文法を盛んに勉強して

その体系性を楽しんでいました。

でも、

フランス語とかドイツ語とかやると

体系性がもっとすごいから

ほんと楽しかったですね。

いま書いているドゥルーズ論でも

とある文法事項について細かく調べているのですが、

これがおもしろくて、

久しぶりに英語の文法書なんかを取り出して熟読してました。

俺のお薦めはこれ。

『マスター英文法』

高校時代からの愛読書。

今でも十分に使用に耐えうる。

(今は『新マスター英文法』になっているようです)

新マスター英文法/中原 道喜

¥1,848

Amazon.co.jp

さて、

スピノザについて

文法大好きの俺が胸を躍らせたことがあるんですが、

実は

スピノザも文法書を書いているんですね。

『ヘブライ語文法綱要』(compendium grammatices linguae hebraeae)というやつです。

スピノザはヘブライ語の正確な知識と理解がないがために

『旧約聖書』がテキトーに読まれていると考えていたわけです。

『神学政治論』では聖書の批判的読解が縦横無尽に展開されていますが、

『ヘブライ語文法綱要』はその基礎になるものでしょう。

また、能動形と受動形の両方の意味をもちうる不定法の説明なんかは、

内在性の哲学として記述できる『エチカ』の哲学体系とも関連している

ようです!

ヘブライ語

読めません。

勉強したことありません。

いつか、いつか

って思っているのですが、

ヘブライ語をきちんと勉強して『ヘブライ語文法綱要』読んで、『神学政治論』読んで

ってやったら本当にすごいです。

っていうか、

これを出来た人が出てきてやっとスピノザ研究がいったん幕を閉じるということになるでしょう。

スピノザは著作の数が少ないひとですけれど、

たとえばやっと俺によって『デカルトの哲学原理』が読解された。

『ヘブライ語文法綱要』はまだまだ手つかず。

意外と研究ってされていないんですよね。

でも、

このヘブライ語を駆使してスピノザを研究するという作業は

日本でも行われています。

そして

そのすさまじい成果として、

福岡安都子さんの『国家・協会・自由』という本を紹介しておきます。

国家・教会・自由―スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗/福岡 安都子

¥7,980

Amazon.co.jp

これはすごいです。

すごい本です。

これこそ研究です。

ヘブライ語もオランダ語もきちんとやってホッブズとスピノザの比較して、当時のオランダの宗教状況も詳しく検証してって本です。

みなさん是非読んでください。

で、

俺はこの本について書評を書いたことがあります。

(『環』、藤原書店、2008年5月)

もうだいぶ時間もたったのでここで紹介しても問題ないと思いますので、

最後にそれを掲載しておきます。

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雰囲気の力

——福岡安都子著『国家・教会・自由――スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗』(東京大学出版会)書評

國分功一郎

ある時代の雰囲気というものが確かに存在している。

筆者は、フランスが国民投票でEU憲法を否決した時期、同国に滞在していたのだが、その際、自分には否決側の勝利の理由が理解できるけれども、それを日本にいる友人に伝えるのはなかなか難しいと感じたことがあった。そのような「理解」は、たとえば町に貼られた政治ポスターから得られる印象、流行している思想とその担い手についての知識、友人でも著名人でもいいが、とにかく或る人がふだん述べている意見とEU憲法への賛否との関係についての感想――「あぁ、あの人はEU憲法に反対なんだ…」「分かるな…」「意外だな…」という類の――、そうしたものを総合して得られたものだったからである。

誰かが雰囲気を伝えてくれないとまったく理解できない出来事というものがある。EU憲法の否決などたいしたことではないが、たとえば、旧ユーゴで起こった民族間の殺し合いなどは、筆者は当時からいろいろと情報は得たけれども、結局何も理解した気になれず、困惑した。事態を決定していた雰囲気が確実にあったはずだが、それを伝えてくれるものに出会えなかったからだ。

同時代の雰囲気でさえ伝えることは困難である。時代を遡るとなると、その困難の右肩に書かれた累乗指数は途方もなく大きくなる。だが、すぐれた研究というのは、やはりこの困難を乗り切るものであろう。福岡安都子氏の『国家・教会・自由――スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗』こそは、その希有な例と言わねばならない。

本書は、一七世紀オランダを舞台に、ホッブズとスピノザを主要登場人物とし、宗教に対する国家の権限の問題、一言で言えば、福岡氏が慎重にも翻訳を避けて片仮名で「ユス・キルカ・サクラ」と記す問題(「世俗為政者の対宗教権限」という翻訳が付されてはいる)を扱った研究書である。副題は、スピノザの旧約解釈とホッブズの旧約解釈との比較研究を標榜しているが、それは本書の一部、多く見積もっても半分に過ぎない。福岡氏は、むしろ、彼らのユス・キルカ・サクラとの関わりを、当時の思想的力関係の中に位置づけて描き出すことに向かう。

各所で行われるオランダ語、ラテン語、ヘブライ語等を駆使した文献学的考察やテクスト読解は、そのどれもが称賛されるべきすぐれた学問的成果であるが、本書のおもしろさは、むしろ、そうした各々の研究というよりも、各々の研究によって明らかになる、ユス・キルカ・サクラを巡る諸々のミクロ的抗争を書物全体の中にうまく配置することで、複数の抗争から構成される一つの時代の雰囲気の中に読者を引き込む演出の技術の方にあるというべきだろう。

前半部から、福岡氏の紹介する抗争の例をいくつかとりだしてみよう。

序章では、旧約の翻訳に関する問題が取り上げられている。裁判制度について語った申命記第一七章第九節には、上告先として「レビ人の祭司たち」と「最高裁判官」の二つの表現が現れるが、両者を結ぶヘブライ語の一単語を、「及び〔et〕」と訳すか、「あるいは〔vel〕」と訳すかが、翻訳において大きな問題になっていたという。前者の訳なら聖俗の一致を、後者の訳ならその分離を示唆する。一六世紀に改革派の立場から試みられた新しい翻訳では、それまでの「及び」という翻訳が「あるいは」に変更された。

この問題の紹介だけでも十分興味深いものだが、福岡氏はさらに、グロチウスによるこの問題への介入に言及する。グロチウスの論敵たちはこの一節を、「王たちは宗教に関わる事柄については常に聖職者たちの判断に従わなくてはならない」という主張の根拠として援用したが、グロチウスは、その援用が不正確であることを自らのテクスト読解に基づいて証明する。しかし、だからといって新しい翻訳を支持するのでもない。ヨセフスやマイモニデスらのユダヤ系資料の研究に基づいて、「あるいは」という訳は不自然で不正確であると主張する。ユス・キルカ・サクラの問題が、当時、政治・社会的なものと学問的なものとの交差点に位置していたこと、グロチウスのような思想家はちょうどその交差点に立って一人で格闘していたことを伝える興味深い事実だ。

第一章では、スピノザと同じ一六三〇年代生まれの公法学者、フベルスが、『国法論三巻』において展開したユス・キルカ・サクラについての議論が紹介される。ここでも、強調されるのは、その議論が、当時の論争から出発していたという点だ。

デカルトの哲学が当時多くの反撥を招いたことも、デカルトがガリレオの災難に意識的だったこともよく知られている。しかし、実際に、誰が、どこで、どのような場面で、どのようにして、どのような理由でデカルト哲学に反対したのかは、どれだけ知られているだろうか。第二章では、「哲学する自由」の問題を典型的に示す例として、一七世紀オランダの大学でデカルト哲学が受けた災難が、具体的に紹介されている。たとえば、この問題で揺れに揺れたユトレヒト大学などは、「世界で一番最初に、その教授の一人にデカルト主義哲学を教えることを許可したが、それを禁止することにおいても世界初となった」のだという(p.149)。

時たま現れるエピソードもおもしろい。たとえば、アムステルダム市内にいまも残るカトリックの「秘密」礼拝堂の話が紹介されている(p.86, note 10)。当時カトリックは明示的に法律で禁止されていたが、当局に一定の金額を納めることと引き替えに礼拝を許容されていたというのが、この「秘密」の実態だったという。では、この金額は、賄賂なのか、許認可料なのか。福岡氏曰く、この問いは、「どこまでが規範でどこまで事実に属するのかが見極めにくい、オランダ一七世紀の宗教事情を象徴するかのような問いである」。

当時のオランダは諸々の宗派が共存する地域だったことは事実だが、それは現代の多文化主義者が理想化するような「寛容」と「自由」の場所だったわけではないし、どの集団にも等しく「宗教の自由」が認められていたわけでもない。福岡氏の叙述は、当時のオランダについて、「確かに現実の社会ならそうだろうな」という手触りのようなものをうまく伝えてくれる。

舞台装置が以上のように配置された後で、ホッブズとスピノザが登場する。『リヴァイアサン』における旧約解釈、『神学政治論』における旧約解釈が綿密に比較検討されることとなる。

福岡氏によるこの比較検討作業が分かり易く面白いのは、二人の哲学者を、先に言及したフベルスからの偏差において位置づけることから始めている点である。ユス・キルカ・サクラについてのフベルスの学説は中道的で、当時のスタンダードだという。三者を並べることで、ホッブズとスピノザという大哲学者の特異性、あるいは過激さを際立たせることができるわけである。

フベルスは、神の支配は信仰者の内心における内的支配であって、神は人々を無媒介に支配すると考える。そして、神への服従を命ずる生得観念あるいは啓示に、神と被治者との関係の直接性の保証を求める。

対し、ホッブズとスピノザは、神の無媒介な支配というものを断固として斥ける。「神の王国」は主権者を媒介としてのみ実現されると考える。聖書や啓示的神法は、主権者以外のいかなる権威によっても法とされることはできない。つまり、フベルスが最初に神の法を置いているのに対し、彼らは最初に世俗的な法を置き、それによってはじめて神の法が実効性をもつと考えたのである。フベルスの学説が当時のスタンダードだとすれば、彼らの思想がどれほど過激であったのかがよく分かる。

だが、ホッブズとスピノザのタッグはここまで。この後、両者は大きな違いを見せる。

ホッブズは、神の法の実効性について考察する中で、預言者でない者は、(1)どうやって啓示について確かでいられるのか、(2)どうやって啓示への服従を義務づけられるのかという二つの問いを区別し、前者の問いは回答不能として斥ける。預言者でない者は啓示について確かではいられないのだから、これは単に信じるか信じないかの問題にしかならず、それ以上議論を掘り下げられないというわけである。故にホッブズは、ひたすら後者について論じ、その結論として、主権的預言者の観念を導き出す。主権者とは、神の代行者であり、預言者として神からの啓示を受けとり、それを臣民に義務づけるというわけだ。そのような者があって初めて、「神の王国」の支配は確実になる。こうしてホッブズは、すべてを服従の問題へと収斂させる。

それに対しスピノザは、ホッブズが封じた第一の問いへと、つまり、啓示そのものの確実性や認識の問題へと突き進む。これがホッブズの歩んだ道よりも相当に危険なものであることは想像に難くない。ホッブズは啓示そのものには手を付けなかった。対し、スピノザは啓示そのものに裁断を下すことも憚らない。こうした危険な道を歩むことによってこそ、スピノザは、ホッブズが到達し得なかった精神の自由の問題圏域に身を置くことが出来たというのが福岡氏の結論である。

両者の結論の違いは、そもそもの問題意識というか性格の違いが拡大したもののように思われる。福岡氏が強調するように、ホッブズは、周辺に追いやられた者たちが神の名の下に抵抗運動(テロ行為?)を行うことを危惧していたのに対し、スピノザは、「神の言葉の援用者」がその勢力を拡張し、危険思想家を圧迫、政府を屈服させることを最も危惧していたのだった(p.79-84)。ホッブズが主権者と自己同一化しているとすれば、スピノザはあくまでも臣民の側に立っている。福岡氏の叙述は両者の性格の違いを際立たせる。

国家と宗教、あるいは、政教分離の問題は、現在、新たな局面を迎えている。「文明の衝突」以降と言ってもいいし、9・11以降と言ってもいいが、様々な形で噴出している近代西洋社会への反撥の核心に、この問題があることは間違いないからである。今後、それがどう展開していくのかは分からない。近代西洋的な政教分離の原則が普及するのか、それともそれは変容していくのか。いずれにせよ、重要なのは、現在の西洋社会では当たり前のように思われているこの原則も、かつては、本書に描かれているような、諸々のミクロレベルの抗争のただなかにあったということである。他のあらゆる原則と同様、この原則もまた、時代の雰囲気の中で、微妙な力関係によって勝利したに過ぎない。そして、当時の雰囲気を知ることは、今の雰囲気を検証するのに役立つ。

その意味で、本書は、一七世紀のオランダと思想に主題を限定しているにもかかわらず、あるいは、限定しているが故に、国家・教会・自由についての普遍的な認識を示し得るのである。