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Kafka, post-fordism and Super-One

ドゥルーズとガタリが『カフカ』って本を出していることは知られてはいるのですが、

カフカ―マイナー文学のために (叢書・ウニベルシタス)/ジル・ドゥルーズ

¥2,835

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これはあまり言及されない本です。

マイナー文学とか、文学機械とか、アレンジメントとか、集団的言表行為とか

ドゥルーズ=ガタリの概念として有名なものの多くがここで初めて語られたんですが、

あまり読まれていません。

これもよく忘れられているのですが、

『カフカ』の出版は1975年。

『アンチ・オイディプス』(1972)の後、

『千のプラトー』(1980)の前なんですね。





ガタリは本当にカフカが好きで、何を考えるにしても、

「カフカだったらどう考えただろうか?」

と考えたそうです。

最近は、ガタリのカフカについての書き物も『カフカの夢分析』としてまとめられ、邦訳もありますので、

カフカの夢分析/フェリックス ガタリ

¥1,890

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ガタリとカフカの関係についてはだいぶアクセスしやすくなっています。

こう考えると、

俺が千葉君と翻訳した『アンチ・オイディプス草稿』によって

『アンチ・オイディプス』におけ
るガタリの重要性は本当に疑いないものになりましたが、

アンチ・オイディプス草稿/フェリックス・ガタリ

¥6,090

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それに続く『カフカ』においても彼の役割は相当なものであった、というか完全に主導的だったのだろうと考えられるわけです。






最近、おもしろい絵本を発見しました。

『カフカの絵本』というやつです。

カフカの絵本/田口 智子

¥1,575

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こどもができてから絵本にものすごく関心がでてきたんですね。

俺は本を読んで聞かせないと子供を寝かせられないので、

毎晩本を読んで聞かせるのですが

これを買って読んでやったら、

大ヒット!

娘はものすごい気に入ってます。

特に

「初めての悩み」という空中ブランコ芸人の話です。

五歳の子が

「「初めての悩み」を読んでー」って言っているのは

笑えます。

ここのところ娘は

「か~ふ~か~、か~ふ~か~」

という自前の曲を口ずさんでいます。




この『カフカの絵本』は

大人でも十分楽しめます。

絵に独特の雰囲気があります。

すこしきもちわるいんです。

俺は冒頭の「恩返し」って話にでてくる

コウノトリ(?)のヒナの絵が気持ち悪くて、

眼をそらしてました。

でも、

それぐらい強い印象がある本です。

お勧めします。




さて、

そういう次第ですので、

当然ながら、

「カフカには「変身」って有名なお話があるんだよ」

「朝起きたら、虫になってたんだよ」

と話すと、

娘は爆笑。

「読みたい! 読みたい!」

で、

頑張って探したんですが、

「変身」は絵本はないんですね。

なんか有名なものだし、翻案とかがあるかと思ったんですが。

もしあったらご存じの方教えてください。






と思ったら、

それっぽいものがありました!

『ぼく、ムシになっちゃった』って本で、

「カフカの「変身」にヒントを得て」

と書いてあります。

ぼく、ムシになっちゃった (世界の絵本コレクション)/ローレンス デイヴィッド

¥1,575

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ちょうどさっき読んで聞かせたのですけれど、

けっこうよかったです。






やはり子供がいると

子供文化のことをいろいろ考えます。

うちの娘もプリキュアが好きなんですが、

そして俺もけっこう好きなんですが、

あの商業主義にちょっととまどうところがあります。

前に新聞の投書欄に、

「うちの娘は女の子がきれいな格好をして闘うアニメが大好きなのですが、

あたらしい道具がでてくると、それがアップで画面にでてきて、

直後のCMでそれが宣伝されているのには、ちょっと疑問を感じます。

商業主義が過ぎるのではないでしょうか」という手紙が載ってました。




もうずっとこのことを考えているのですが、

この前『プレジデント』という雑誌には、

「大ヒット「プリキュア」に学ぶ
 子どもマーケット攻略法」

 3~6歳の女児から圧倒的に支持されているキャラクターがある。
 日曜朝に放映されているアニメ「プリキュア・シリーズ」だ。
 ヒットの裏には、既成概念を超えたコンセプトと、
 親・子ども両者の思いを満たす細かな配慮があった。

という記事が載っていて、

「売れればそれでいいのか?」

という疑問を感じざるを得ませんでした。






おもちゃを売るためにストーリーが決められ、

毎月おもちゃの新製品が出て、

それが毎月買われて、

(テレビの)年度替わりに捨てられる、と。







もちろん、分かるのです。

もう、それぐらいのことをしてスポンサーをみつけないと

番組自体が作れないのでしょう。

映画も似たようなところがありますが、

制作費がかかりすぎるんですね。




でも、

多少大袈裟な話になってしまいますが、

これはポストフォーディズムと呼ばれる生産体制を支える消費体制なんですね。

ポストフォーディズムというのは、簡単に言うと、

商品の変更サイクルが極端に短くて、

どれが売れてどれが売れないかがよく分からない、

そういう消費体制に対応するための生産体制です。

じっくりモノを作ることができない。

設備投資して大幅に自動化して生産することもできない。

だから、安価な人間の手を借りることになる。

機械が人間の仕事を奪うのではなくて、

人間が機械のように仕事をする。

しかも安くていつでも首をきれる非正規雇用で。




もちろん、

こうした消費=生産体制は玩具だけに言えることではないわけですけれども、

子供用の製品がその最先端を行くような消費=生産体制になっているというのは

どうかなぁ

と思うわけです。




とにかく、

制作費の問題、消費=生産体制の問題など、

現代資本主義の諸問題といまの子供文化はがっちり組み合っていますので、

ただ商業主義はいけないと言って批判しても全く無力です。

何か、新しいやり方を考えていかないといけないでしょう。

ここら辺はいろいろ考えていかねばならないと思ってます。



因みに、

昨年のプリキュア、『フレッシュ・プリキュア』の映画では、

捨てられたおもちゃがテーマになっていて、

最後はフリーマーケットで話が終わります。

現在のおもちゃの扱われ方は、

製作者側も気になっているのなかと思いました。

好印象でした。





俺も子供番組が大好きだった(そして大好きな)人間なんで、

こだわりがあるんですね。

たとえば、

新しいアイテムや

新しいキャラが出たら、

とことん使って欲しい!

新しいキャラの新しい必殺技が一回か二回かしか使われないとか、

そういうのって単純に寂しくないですか?

ところが、いまの番組ではどんどん新しいアイテムやキャラをださないとおもちゃがつくれないから、

どうしてもそうなってしまうんです。





一つ、

俺が幼少時に衝撃を受けた話をしたいと思います。

1980年から1981年にかけて

つまり俺が小一の時に放送された

『仮面ライダー スーパーワン』の話です。

(今調べたら第21話らしいです。)



この仮面ライダーは

五つの能力をもった手袋をもってました。

いろいろできる普段の手のスーパーハンドと、
力がでるパワーハンドと、
熱と冷気を出す冷熱ハンドと、
電気を出す(機械の電源にもなる)エレキハンドと、
レーダーを空に飛ばすレーダーハンド
です。

この回の話では、詳細は忘れましたが、怪人にこの手袋を一つ一つ奪われていってしまうんです。

もうハラハラドキドキです。

「スーパーワン、どうするんだ?!」(俺の心の声)

毎回、どんな手袋を使うのかが話のキモになってて、

「今日はどの手袋を使って敵を倒すんだ?!」って感じでしたので、

これが奪われるというのはもう大興奮なわけです。

さて、

一つ一つ奪われていきました。

スーパーハンド、パワーハンド、冷熱ハンド、エレキハンドがなくなりました。

これらはどれも闘いにつかう手袋です。

残ったのはレーダーハンドだけ。

これは単にレーダーを飛ばす手袋です。

それを身につけ、怪人に襲われるスーパーワン!

ああ、もうだめだ!

って思ったとき、

スーパーワンが、

いつも空に向かって飛ばすレーダーを

なんと水平発射!

レーダーを怪人に直接ぶつけるという

子供の想像力を遙かに越えた闘いで、

勝利するんですね。





あのときの感動は今でも忘れられません。

いや、

「アホか」

と思われるかもしれないんですが、

俺は、

知恵を使って、工夫して、自分に与えられた条件の中で、逃げ道を見つけ出して闘うというその姿に

単純に感動したんです。

頭いいなぁ、なるほどなぁ、すごいなスーパーワンって。





これって、

毎月アイテム出して、毎月キャラ出して、必殺技は一、二回しか使わないっていまのやり方だと

絶対にできないストーリー展開なんですね。

ポストフォーディズム的生産=消費体制では、

アイテムを使い回すって難しいんです。





俺はあのスーパーワンの戦い方の感動は

子供にも味わって欲しいなぁと思います。

よく

「積み木やボールといった玩具は、遊び方が決められていなくて、無限に遊べるからいいけど、テレビ番組のおもちゃは遊び方が決められているからすぐに飽きる」って言われます。

俺自身が幼い頃に、大人からそう言われましたよ。

そして、子供ながらに

「ふざけんな」

って思ってました。

「それは質の悪い、つまらないおもちゃだ。俺の遊んでいるミクロマンと一緒にするな。ミクロマンの遊び方は無限大だ」とかそんなことを考えていました。

この考えは今の俺も変わらないんですね。

テレビ番組のおもちゃだって、よくできているやつはいつまでも遊べるんですよ。





でも、そこには、レーダーハンドを武器に使うって発想が必要かもしれません。

そういう発想を教えてくれる子供番組はいいなぁと思います。






もちろん、

厳しい制作費の中で頑張って子供番組を作っていらっしゃる方々には本当に敬意を表しますし、俺自身なんだかんだいってこどもと一緒に楽しんでます。

でも、

レーダーハンドを武器に使うっていう話も欲しいです。

ああ、こういう闘い方が!

って感動は子供に体験して欲しいです。




ところで、仮面ライダー電王のソード・フォームはライダーキック何回したのか…。