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映像の哲学 第5回

思考における矛盾

 -アムロとファンネル-


 アニメ『機動戦士ガンダム』の映画『逆襲のシャア』(富野由悠季監督、1988年)には哲学的に見て、更には現代の技術から見て非常に興味深いシーンが登場する。このアニメの世界では、脳波を送受信することで考えるだけで動かすことのできるサイコミュ・システムというものが存在している。主人公のアムロ・レイは天才的なパイロットであり、手足を使ってモビルスーツと呼ばれるロボット兵器を動かしながら、ファンネルと呼ばれる脳波制御の兵器を複数個、同時に、このサイコミュ・システムで操作することができる。

 映画の序盤、アムロの仲間の女性パイロット、ケーラ・スゥが敵に捕獲されてしまう。敵はアムロが使っている新兵器νガンダムを鹵獲しようと考え、ケーラを人質にし、アムロにガンダムを放棄するよう迫る。アムロの操作するガンダムはライフルを手放し、武器であるファンネルも同時に本体から取り外す。敵はその時にガンダムに高圧電流を流すという攻撃に出るのだが、その時、ファンネルが敵に対して攻撃を始める(1:19:18~1:19:30)。敵はそのことに激怒し、ケーラを殺してその場を立ち去る。アムロは涙を流しながらケーラの遺体を回収し、母艦に戻る。
 なぜあの時にファンネルが攻撃を始めたのか。直後のアムロの説明によれば、サイコミュ・システムの感度が高すぎたのだという。出撃の前、時間がなかったためにサイコミュ・システムを十分に調整できぬまま出撃するアムロの姿が描かれていた。ほんの少しでもそれについて考えれば、その思考を送信してしまう状態にサイコミュ・システムがあったということである。
 このシーンが興味深いのは、人間の思考においては、相矛盾する要素が共存しうるということが物理的に描かれている点である。アムロの意識の中心には、ガンダムを捨ててでもケーラを救出せねばならないという思考があっただろう。しかし、パイロットならば、攻撃された時には反射的に反撃について考えてしまうのは当然である。だから、意識の中心ではケーラの安全を第一に考えながらも、その脇で、「本体から離れた位置にあるファンネルを使えば相手に攻撃できる」というそれとは矛盾する思考が現れ出てしまった。そしてその思考が、サイコミュ・システムを通じてファンネルに送信されてしまった。
 人間身体には矛盾した動作はできない。たとえば、動くと同時に止まるということはできない。だから、思考において矛盾があっても、実際に物理的に起こる動作は一つである。だが、もし思考が身体とは別の物理的表現手段をもったとしたらどうか。その時には思考における矛盾が物理的に現れ出ることが考えられる。ケーラの死は、思考における矛盾が物理的に表現されたことによってもたらされたものだ。
 現代の技術はサイコミュ・システムに似たものを実現しつつあるようである。それが実現された際には、このシーンに描かれたνガンダムと全く同じことが起こりうるであろう。ケーラの死はその危険を私たちに教えてくれている。