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映像の哲学 第8回

失脚という現象

 -BSドキュメンタリー『〈証言でつづる現代史〉こうしてベルリンの壁は崩壊した』-

 
 失脚というのは実に興味深い現象である。辞書ではしばしば「地位や立場を失うこと」と説明されるが、そんな生やさしいものではない。私は組織で仕事をする経験があまりないので、失脚を目にしたことはほとんどない(強いて言えば一度あるか……)。おそらく読者の皆さんの中には私よりもずっとたくさんの実際の失脚を目にしたことのある人がいるだろう。
 失脚とは主に権力を有していた者が、何らかのきっかけや要因によって、突然にその権力の座を追われることを言う。つまり、この人に決定権があって、この人の決定によって他の人びとが動いて、それによって全員からなる組織が動いて……という一つの人間集団を貫いていた常識的な論理が、或る瞬間を境に、全く別物になってしまうという驚くべき事態をこの言葉は指している。
 その場面を映した映像として非常に強く私の印象に残っているのが、東独の最高権力者であったエーリッヒ・ホーネッカーの失脚直後を捉えた何の変哲もない映像である。
 全2回のBSドキュメンタリー『〈証言でつづる現代史〉こうしてベルリンの壁は崩壊した』の後編(2008年1月19日放送)は、当時18年間にわたって最高権力者の地位にあったホーネッカーの失脚に至るまでの過程を、当時の東独共産党政治局員たちの話をもとに詳細に追っている。
 1989年の夏頃から、東ドイツ市民の海外への逃亡、つまり不法出国が続いていた。ところがホーネッカーはこれに、「逃げていく者たちのことなど考える必要はない」という冷酷な声明文で応じていた。政治局の改革派だった若手3人は、東独を救うためにはホーネッカーの解任しかないと考え、秘密工作を始める。各政治局員に電話をして仲間を作っていくのだが、ホーネッカーの話をすぐにはしなかった。「事態は切迫していますね。どうしたらいいですかね。旅行を自由化する新しい規則を作るしかありませんね」などと話をして、同意を取り付けていくのである。最終的に、26人の政治局員のうち、その半数近い12人から同意を得ることが出来た。
 1989年10月16日午前10時、ホーネッカーは政治局員たちを集めていつものように定例会議を始めた。すると、当時の首相、ヴィリー・シュトフが突然、ホーネッカーの解任動議を提出した。会場はシーンと静まった。あまりの緊張に、それが何秒であったのか、何分であったかも分からないと証言者のギュンター・シャボウスキーは述べている。しばらくすると、ホーネッカーは予定通りの議事進行に戻った。いま提出された動議など目にしなかったかのようであった。ホーネッカーは混乱していた。
 すると誰かが、「どうしたんですか。動議が出されたんですよ」と声をかけた。ホーネッカーは小さな声で「分かりました。討議に入りましょう」と述べた。一人ひとりが発言を求められた。ホーネッカーが最も信頼を寄せていた人物も解任に賛成する意見を述べた。現代進行中の陰謀に気づいたからである。シャボウスキーは、それは見ていて不快だったと述べている。まさしく保身のための裏切りだからだ。いずれにせよ、一人ひとりの発言が積み上がっていく中で、現実のものとなるか、泡となって消えるか、その瀬戸際にあったホーネッカー失脚という出来事の運命が決まっていったのである。想像してみるだけでも息がつまる。
 最後に挙手で決議が取られた。非常に興味深いことに、ホーネッカー自身も自らの解任に賛成の挙手をしたのだという。ナレーションでは「共産主義者として秩序の維持を最優先するという自らの信条を曲げなかった」と言われていたが、とにかくそれが彼の最後の矜持であったのだろう。満場一致でホーネッカーの解任が決定した。
 どういうわけだか、ホーネッカーの失脚直後の映像が流れるのは、解任劇を詳しく解説したこの後編ではなくて、ライプチヒで行われていた自由を求める東独市民たちの平和的デモを主題とした前編(2008年1月12日放送)の方である(00:47:53)。かなり乱れた映像だ。出典が何かはよく分からない。しかし、前編を見ていた視聴者は間違いなくあの場面を映像を思い出したに違いない。むしろそれによってあの映像の印象は強まったかもしれない。不思議な編集だ。
 失脚という現象がもつ静謐と激動をこの画は実によく表している。ホーネッカーは手錠をかけられているわけでもない。銃を使って連行されているわけでもない。やや暗い顔をして建物を出てくるだけだ。だが、彼は既に数十分前とは全く異なる人物になってしまっているのである。失脚とはそのようなものだ。大きな音が立つわけではない。しかし大きな変化が起こる。だからその映した映像自体は何の変哲もないものなのである。