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映像の哲学 第10回

疚しい顔

-ETV特集「シリーズ 原発事故への道程」後編『そして“安全神話”は生まれた』-

 

 前回の東ドイツのスパイの話を書いてから思い出した映像がある。2011年の福島第一原発事故のあと、ETVでいくつか原発に関わる優れたドキュメンタリーが放送されたがそのうちの一つ『そして“安全神話”は生まれた』(2011年9月25日放送)に引用されている映像である。

 その場面では、愛媛県西宇和郡伊方町にある四国電力所有の原子力発電所、伊方原発の設置許可を巡る問題が描かれていた。原発を設置するためには、設置場所で漁業を営む漁師たちの組合、町見漁協が漁業権を放棄しなければならない。漁業権は一般に強く保護されていると言われている。したがって、それを上からの命令で簡単に放棄させることはできない。漁協の総会での正式な議決が必要になる。しかし漁師たちはたとえ保証金をもらえたとしても、漁業権を簡単に放棄するはずがない。ならばどうなるか。もちろん裏工作が行われる。映像が物語るのは、どうやら組合の幹事が買収されていたようだという事実である。

 その事実は、まずは、総会が全く手続きを無視した無法状態で採決を強行したことに読み取られる。町見漁協は1972年10月12日に臨時総会を開催する。この総会の休憩中、漁業権放棄に賛成の組合員たちが会場に残り、突然、議長が「採決します」と宣言。更に「賛成多数と認めます」と発言し、議長選任や議事録署名人の指名についての正式な議決も経ぬまま、議長に指名された幹事が一方的に原発設置賛成を採決してしまうという手続き無視のおそるべき意思決定が強行された。

 映像では、組合員たちが議長である幹事に詰め寄るシーンが移される。もちろん組合員たちは怒りをあらわにしている。その時、幹事である中年男性の顔が一瞬アップになる(00:19:07)。私はこの人物のこの表情を忘れることができない。これこそが自己欺瞞の顔、疚しさの中にある人間の顔である。ニヤニヤしながら、周囲の発言に耳を傾けていない振りをしている。

 おそらくこの一連の恐るべき非民主的な出来事については検証や調査が行われているのだろう。残念ながら私はそこまで伊方原発設置に関する諸問題について詳しくない。だが、あの顔、あの表情を見ただけで、ここに決定的に間違ったことが行われているということが分かるという気がしてならない。

 またこの映像からもう一つ考えられることがある。議決を取るとか──あるいは教会で結婚を宣言するとか──いった形式的な儀式には、人間によって行われたものにすぎないのに簡単には覆すことができず、したがって関係する人間を縛り付けることになるという非常に不思議な性質がある。この町見漁協臨時総会も無法状態としか言いようがないのだから、認められるべきではないのだが、しかし儀式の形式がひとたび踏まえられると、なかなかそうはならない。「これは認められない」とするためには、別の儀式の形式を踏まえる必要が出てくる。

 後に、町長と県知事立会のもと、電力会社による、漁業権放棄に伴う補償金交渉が行われることになった。あのような無法会議で決められたことには正当性はないはずだが、しかし、議決されてしまったがゆえに、そのような手続きが可能になってしまうのである。近いうちにこの問題についても取り上げることにしよう。